FANDOM


マルコム・ホイーラー=ニコルソン(Malcolm Wheeler-Nicholson)はアメリカン・コミックのパイオニアとして知られるパルプ・マガジン作家、起業家である。新聞に掲載されたコミック・ストリップの再録雑誌が主流だった時代、ホイーラー=ニコルソンは全編描き下ろしの新作コミックからなる雑誌を世界で初めて出版した。ホイーラー=ニコルソンが立ち上げたナショナル・アライド出版社は、彼が出版業界から退いた後、マーベル・コミックスと並ぶアメリカの二大コミック出版社「DCコミックス」へと成長した。

経歴編集

生い立ち編集

1890年、テネシー州グリーンヴィルに生まれる。幼いころに父親を亡くした後、母親や兄弟とともにオレゴン州へ移り住んだ。彼の母親はジャーナリストで、女性雑誌の創刊にも携わっていた。ホイーラー=ニコルソンの家庭は当時としては先進的で、セオドア・ルーズヴェルトや小説家ラドヤード・キップリングを自宅に招くこともあったという。ホイーラー=ニコルソンは軍隊で素晴らしいキャリアを歩み、最年少とはいかないまでも、米軍騎兵隊で若くして少佐となった。彼は軍の仕事でフィリピンからシベリア、フランス、メキシコ国境など世界の各地を回り、パルプ・フィクション作家として貴重な経験を積んだ。

出版キャリア編集

さまざまなパルプ雑誌に寄稿する作家になった後、ホイーラー=ニコルソンは1934年に「ナショナル・アライド出版社」を立ち上げ、翌年には『ニュー・ファン・コミックス』を創刊する。『フェイマス・ファニーズ』を始めとする当時の雑誌は新聞のコミック・ストリップをまとめたものが主流だったが、ホイーラー=ニコルソンの雑誌は全て描き下ろしで、ユーモア、冒険、ドラマ性の強いアンソロジーになっていた。

斬新な試みだったにもかかわらず、『ニュー・ファン・コミックス』は資金不足が原因で第6号をもって廃刊となってしまった。この雑誌では無名な若い新人作家たちの作品がきわめて低額な稿料で掲載されていたが、最終号となる#6では、のちにスーパーマンを生み出すジェリー・シーゲルジョー・シャスターのコンビがデビューを果たしている。

その後、ホイーラー=ニコルソンはインディペンデント・ニュース社から資金援助を受け、『ニュー・ファン・コミックス』の続編である『モア・ファン・コミックス』や『ニュー・コミックス』を創刊した。これらの雑誌はのちに大衆受けするキャラクターたちの活躍の場へと成長するが、当時ホイーラー=ニコルソンは債務不履行で立ち行かなくなっており、1937年の『ディテクティブ・コミックス』創刊第1号が彼の最後の雑誌になってしまった。『ディテクティブ・コミックス』の出版はインディペンデント・ニュース社のハリー・ドネンフェルドジャック・リーボウィッツによって引き継がれた。

表記編集

マルカム・ウィーラー=ニコルスンとも表記される。

外部リンク編集

広告ブロッカーが検出されました。


広告収入で運営されている無料サイトWikiaでは、このたび広告ブロッカーをご利用の方向けの変更が加わりました。

広告ブロッカーが改変されている場合、Wikiaにアクセスしていただくことができなくなっています。カスタム広告ブロッカーを解除してご利用ください。

FANDOMでも見てみる

おまかせWiki